8: 地獄の3丁目へようこそ(混乱期)

【退院】

一日おきの血液検査の結果が、待ち遠しくなっていた。
白血球の数が正常値に戻れば、退院できる。
このひとつだけを目標に、毎日をやり過ごしていた。

その日も、朝いちで採血。
数時間後、研修医が結果を手に、病室にやってきた。

「白血球の数値、いいですね。
戻ってますよ」

「ほんと?
え、じゃあ、退院していいですか? 今日!」

研修医は目を丸くする。

「あ、え、きょ、今日、これからですか?」

「はい。精算して、帰ります」

もう、一分だって、ここにいたくなかった。

「あ……じゃあ、主治医の先生に確認してきます」

そりゃそうだ。
研修医に、退院の許可を出す権限なんてない。

私は勝手に、荷物をまとめ始めた。

しばらくして、
申し訳なさそうな顔で、研修医が伝書鳩のように戻ってくる。

「あ、あの……
今日これからの退院は、無理だそうです……」

「え? なんで?」

思わず、ため口になる。

「あ、いえ……
これからの通院での抗がん剤治療のオリエンテーションとか……
あ、え、お……」

私のイラついた空気を察したのか、
研修医は、明らかにビクビクしている。

「……そうですか。仕方ないですね」

ぼそっと返すと、

「すみません……」

「主治医の先生、今日はいらっしゃいますか?」

「あ、はい。たぶん……」

ピリついた空気に耐えきれず、
研修医はそそくさと病室を出ていった。

――が、
今度はスキップでもしているかのような、
やけに軽い足取りで戻ってきた。

「リカコさん!
退院、オッケー出ましたよ!
このあと、看護師から通院の説明と、
薬剤師から説明を受けてから、退院手続きをお願いします」

「ありがとうございますっ!
やったー!」

私は何の遠慮もなく大喜びして、
半ば無理やり、退院してきた。

あの時は、
先生と離れることが、
こんなに苦しくなるなんて、
想像もしていなかった。

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