【若いから】
すべての抗がん剤投与を前に、
重篤な副作用が出始め、薬剤の減量が検討された。
「リカコさんには、最大量で投与していたのですが、
少し、お薬の量を減らしますね」
「……はい。お願いします」
薬の量が減って、効果はどうなるのか。
そんなことは、もうどうでもよかった。
体は完全に悲鳴をあげていた。
とにかく、治療を止めるわけにはいかない。
でも、少しでも楽にしてほしい。
それだけだった。
先生は、外来前も、外来後も、
体調不良と伝えれば、嫌な顔ひとつせず、何度でも病室に足を運んでくれた。
その、穏やかな微笑みは、
どんな薬よりも、よく効いた。
「骨髄抑制といって、これから白血球の数が減ってきます。
免疫力が下がるので、必ずマスクをしてくださいね」
「先生、いつ、退院できますか」
もう、この幽閉生活は限界だった。
家に帰って、自分の布団で休みたい。
それだけだった。
「……白血球の数値が戻らないと、退院はできないんですよ」
「えーっ!
じゃあ、戻らなかったら、何ヶ月も入院ですかっ?」
こんな勝手なことを言う患者にも、
先生はいつも、穏やかに、丁寧に説明してくれた。
「そうですね。
中には、数ヶ月かかる方もいらっしゃいますが…リカコさんは、お若いから」
この頃から、それは彼の口癖になっていた。
「リカコさんは、まだ若いから」
「先生、若くないですよー!
病院の先生とか看護師さんくらいですよ、
“お若いから”なんて言うの。
外に出たら、立派なクソババアですってば!」
先生は、少し呆れたような、
そして、どこか照れたような笑顔で、笑っていた。
私はその目の奥にある、
かすかな哀しみを、
少しずつ、受け取り始めていた。
