4: 地獄の3丁目へようこそ(混乱期)

【入院】

診察を受けた、あの日。
先生の目、眼差し、手の温度――。
そんな、あり得ないはずの感覚が、なぜかはっきりと残っていた。

それをきっかけに、
まるでパチっとスイッチが入ったみたいに、
「この人のこと、何か気になる」
そう感じるようになっていた。

腫瘍は、驚くほどのスピードで大きくなっていった。
水を飲んでも、むせる。
食事どころか、飲み込むこと自体が怖くなり、
急遽、入院が決まった。

血液のがんは手術ができない。
治療は薬物療法、いわゆる抗がん剤治療、一択だった。

入院した日の午後、先生が病室に来て、
これからの治療について、改めて説明してくれた。

ベッド脇で、中腰のまま話をする先生を見て、思わず声をかけた。

「そこの椅子、使ってください。
その体勢じゃ、疲れませんか?」

「あ、いえ、大丈夫です」

少しだけ、遠慮がちに答える。

「明日から、抗がん剤投与が始まります。
今日は、ゆっくりしてください」

「はい……先生。
なんか、怖いっていうか、未知の世界で……」

「大丈夫ですよ」

優しく微笑みながら、そう言った。
たった、それだけの一言。

でも、その瞬間、
「うん、大丈夫」
そう、素直に思えた。

真面目で、実直。
決して器用ではなさそうなのに、なぜか安心する。
少し、くすっと笑ってしまうような、不思議な人。

その時は、まだ。
ただ、それくらいの存在だった。

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