7: 地獄の3丁目へようこそ(混乱期)

【若いから】

すべての抗がん剤投与を前に、
重篤な副作用が出始め、薬剤の減量が検討された。

「リカコさんには、最大量で投与していたのですが、
少し、お薬の量を減らしますね」

「……はい。お願いします」

薬の量が減って、効果はどうなるのか。
そんなことは、もうどうでもよかった。

体は完全に悲鳴をあげていた。
とにかく、治療を止めるわけにはいかない。
でも、少しでも楽にしてほしい。
それだけだった。

先生は、外来前も、外来後も、
体調不良と伝えれば、嫌な顔ひとつせず、何度でも病室に足を運んでくれた。

その、穏やかな微笑みは、
どんな薬よりも、よく効いた。

「骨髄抑制といって、これから白血球の数が減ってきます。
免疫力が下がるので、必ずマスクをしてくださいね」

「先生、いつ、退院できますか」

もう、この幽閉生活は限界だった。
家に帰って、自分の布団で休みたい。
それだけだった。

「……白血球の数値が戻らないと、退院はできないんですよ」

「えーっ!
じゃあ、戻らなかったら、何ヶ月も入院ですかっ?」

こんな勝手なことを言う患者にも、
先生はいつも、穏やかに、丁寧に説明してくれた。

「そうですね。
中には、数ヶ月かかる方もいらっしゃいますが…リカコさんは、お若いから」

この頃から、それは彼の口癖になっていた。

「リカコさんは、まだ若いから」

「先生、若くないですよー!
病院の先生とか看護師さんくらいですよ、
“お若いから”なんて言うの。
外に出たら、立派なクソババアですってば!」

先生は、少し呆れたような、
そして、どこか照れたような笑顔で、笑っていた。

私はその目の奥にある、
かすかな哀しみを、
少しずつ、受け取り始めていた。

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